0:
「BFが、まだあいつの中に残したままだぞ」
「これからの隠し場所はどうするよ?」
「別のヤツを探すか…誰か心当たりいるか?」

 グループのリーダーであるダスターは、焦った様子の仲間の声をボーッとしながら聞いていた。ヤクの隠し場所にしていた、ダスターの兄の息子-シン-が、俺たちに抵抗しはじめたのだ。もうフラっとここに立ち寄る事もないし、殴っても屈しない。

 ダスターは仲間とは少し違う事を考えていた。これから代わりにできる、「ロクでもないこと」はないか、と。REMITの所為で、他のプランが思いつきにくくなってしまった。

 見張りが戻ってきた。交代の時間である。彼らは人気のない、廃ビルの裏路地にいた。なにかするときはいつもここだ。誰かの部屋では、隣に聞こえてしまう可能性があるからだ。ダスターは適当な仲間に指示すると、引き続き考えた。あたりは薄暗くなっていた。

1:
 突然、下品な悲鳴が聞こえた。見張りの仲間のいる方角だ。ダスターと数人の仲間は見張りの元へかけよった。片腕のちぎれた仲間が倒れていた。

「あの真っ白いヤツが、俺の腕を、腕を…」

 怪我をした見張りの向こう側、緑の霧の中に、腕を持った素っ裸の男が立っていた。体は今まですっと部屋にこもっていたかのように真っ白で、頭に髪の毛はなかった。ダスターは、その男をむかし、どこかで見たような気がした。仲間は、逃げるその男を追っていった。

「お、俺が見張りの場所に行く途中、あいつが突然目の前に現われたんだ・・。あいつは無言で俺の腕をおもむろに掴むと、果物のようにもぎとってしまった」
「なんとも馬鹿力だな…。まあ、そのうち治るだろう、我慢しな」

 追いかけていった数人の仲間が戻ってきた。見失ったらしい。

「逃げ足の速いヤローだ。まあ、目立つ格好だったから、後でもわかるだろう」
「あれ?テディは?」
「あ、いない」

 仲間の一人が追いかけていったまま、戻ってこない。ダスターは「俺が探してくる」と立ち上がると、霧の中へと消えていった。仲間は、ダスターの行動を意外だという面持ちで見送った。

「めずらしいな、あいつが『探してくる』だなんて」
「今日はずっと考えこんでたし」
「彼女でもできたんかなあ?」
「な、なあ、これ」

 怪我をした仲間が真っ青な顔で会話に割って入った。みんなはそちらの方を向いた。

「こ、この腕、全然治らないんだけど…」

2:
 ダスターの仲間の一人、テディは死んだ。

3:
 ダスターは死んだ。

4:
 ダスターは「それ」に殺される前に言った、「やっと、この時が来た」と。そしてその死に顔は安らかであった。死んでからもダスターはしばらくの間、夢を見ていた。

 ダスターとコーラは、森の中にいた。列車は爆撃を受け、乗客はたくさん死んだ。生き残ったものたちもここまで逃げてくる途中で、次々と力尽きていった。二人とも、もう限界だった。木の根元にダスターとコーラは寄り添ってもたれていた。

「ねえ・・ここまでかもね、あたしたち」
「ま、ロクでもない生き方してきたし、こんなもんで妥当かな・・・でも、最後までお前と一緒にいられてよかった・・」
「はは・・照れること言うんじゃねーよ」

 森に風が吹いた。

「森の空気がこんなに気持ちいいなんて・・やっぱあたしらには不似合いな死に場所だよ」
「コーラ・・・よく聞こえねえよ・・もっとはっきりしゃべれ」
「そんな事言ったって・・もう・・・無茶言うなよ・・・・こっちに、耳、寄せろ」
「く、くすぐるな・・・ハハハッゲホッゲホッ」
「ごめん・・ねえ、もし・・助かってさ・・・戦争も終わって・・・二人で・・・もう一度・暮らせるなら・・・」
「ああ・・もうちょっとマジメに生きよう・・。仕事をして・・・・いつも馬鹿にしてた流行の音楽を聞いて・・・・のんびり車を走らせて・・」
「うん・・・うん・・で、でも、やっぱうちら死んじゃっても・・・あ、あっちの世界とかあったらさ・・・地獄かもしれなくても・・そこでもマジメに生きよ?」
「・・・・死んでるって・・・」
「あ、あはは・・・確かに」

 風が止んだ。

5:
 ダスターは目を開けた。そこは天国でも地獄でもない、森の中だった。焦点が定まらず、ぼやけた視界に、人影が見えた。若いやつれた男と、大勢の子供たちだった。

「・・もう大丈夫、君は助かったよ」
「・・・・は?」

 ゆっくりと起き上がり、あたりを見回す。霧がたちこめていた。よくよく見ると、森のせいでは無く、霧自体が緑色だった。ダスターは自分の体の異変にも気が付いた。怪我が治っている!

「このあたりの紛争は、『終わらせた』。君も新たな人生を歩んでくれ」
「・・・あ、お、おい!」

 立ち去ろうとする若い男をダスターは呼び止めた。

「何がどうなってんだかよくわからんが、あんたが俺の怪我を直してくれたんだよな?」
「ああ・・そういうことになるな」
「コーラはどこにいるんだ?俺の隣に寝ていたヤツだ。あいつの怪我も治してくれたのか?」
「すまない・・彼女は私が来た時にはすでに・・事切れていた。君の大切な人だと思ったから、埋葬は君の手でするべきだと思って、ほら、あそこに寝かせてある」

 次の瞬間、ダスターは男の胸ぐらを掴んでいた。そして声にならない声で叫んだ。子供たちが泣き叫んだ。

「はあ!?お前馬鹿か?なんて・・・なんて事してくれるんだよ!!なんで俺もあのまま死なせてくれなかったんだ!?アイツが治らないってわかってるなら・・その、そのくらいの事わかんねえのかよ!・・・くそっ!!!」

 ダスターは男を思いっきり殴り飛ばすと、コーラの元へ駆け寄った。奇妙なことに彼女の怪我も治っていた。だがいくら揺さぶっても・・・まるでただ眠っているようにしか見えないのに・・・起きる事はなかった。

「コーラ!コーラァ!あああ」

 ダスターは嗚咽しながら、彼女の長く綺麗な銀髪をたぐる。と、コーラの顔が見えた。

「! こ、この顔・・・」
「君もだ」

 うしろにはさっきの男が立っていた。あれだけ思いっきり殴ったのに、今は平然としているし、腫れたあとも無いのは奇妙だと思った。それよりも・・「君も」とは?

「君も若返っている。それだけではない。君の怪我、彼女の怪我、そしてさっき君が殴った私の頬。全て何事も無かったかのように治っている。・・・不老不死だ」
「そ、そんな・・・じゃあコーラとはこの先もずっと・・・」
「同情はする。だけど君をもう一度殺す・・という事はできない。私がそれをしたくないし、もうこの霧が晴れる事は無い」

 男はまだ泣いている子供をたしなめながら、ダスターの前から立ち去ろうとした。ダスターはコーラから目を離さず、男に向かってこう言った。

「・・・お前は、俺と、コーラを、引き裂いた。俺はもういくら彼女との約束を願っても、叶える事はできないんだ。お前がそうしたんだ」
「私は−」
「生き返らせ、死ななくして人が皆感謝すると思ってるのか?俺はコーラと一緒に死にたいと思った。もし自分だけ死にそうになかったとしても、だ。別に誰にも理解してもらおうとは思っていない。同様にお前がいいと思っている事はお前だけがいいんだ。お前に感謝するやつもいるだろうが、それはそいつとお前の思っている事がたまたま一緒だっただけの事だ。全ての人がお前に納得すると思うな」
「・・・ああ。言い訳になってしまうが、私もこれが良い事をしてるとは思っていない。だが約束する。いずれまた違う方法で、必ず君を、コーラを、そして世界中の誰もを幸せにしてみせることを」

6:
 男と子供たちは霧の中に消えていった。最後にあの男が言った、「全ての人々を幸せにする」とは、このことだったのだろうか。だとしたらあまりにも笑えないオチだ。けど、少なくとも俺は・・俺とコーラは幸せだ。もう一度会えたのだから。

 寝ていたコーラが目覚めた。上半身を起こすと、可愛く欠伸をして、そして俺を見て微笑んだ。

「どこ行ってたのさ。随分待ちくたびれて、寝ちゃったよ」
「わりいわりい。ちょっと馬鹿な男の酔狂に付き合わされて、随分道草食ってしまった」
「・・なんか、前よりオトナっぽくなってない?」
「げ。マジかよ。お前と長い間会ってなかったから、なるべく人間が変わらねえようにしてきたのに」
「つまりぃ、アレからロクデナシのまんま過ごしてきたって事?」
「正解。マジメに生きるのはお前と一緒に、だよ」
「死んでるって」
「ハハハッ、・・・じゃあ、行こうか」
「・・・うんっ」


「O〜オー〜 -REMIT second generation-」


 別に会誌に載せるとかどこどこに載せるとかそういうんじゃなくて、自分のためになんか書こうと思ってふらっと書いたらいままでで一番出来良く書けた気がする。荒削りだが。
 もっともっと人になんらかの強い思いを抱かせる文章が書けたらな、と思う。
あとがき執筆:2003年7月17日