0:
 仮にある人がその存在を認めていなかったものに出会ったとしたら、どういう態度をとるだろうか。

 私の場合はひどく冷静であった。とは言え、この場合は少し特別だったのが要因の一つではある。存在するわけが無いと思いつつも、心のどこかではそれを探していたのかも知れない。

1:
 私の職業は考古学者だ。周囲からは、「自称」と思われているが。レポート等の他人に見せるようなものは何一つ作っていないし、はたから見ると私は殆んどどこにも出かけていないからだ。
 実はちゃんと現場には行っているし、調査結果及び研究結果は自分の頭の中だけにあればよかったので、忘れそうな細かい事以外は記録に残す必要がなかった。

 そんな私が今回こうして文章を書いているのは、大きな発見があったからだった。「彼女」の話を聞けば聞くほど、いままでのピースがはまっていくのを感じた。私の調査は、ほぼまとめの段階に入っていった。今までのメモを掻き集め、このレポートの執筆にとりかかったという訳だ。

2:
 私は自宅から下水道に通じる道を作り、そこから旧文明の「遺跡」に通っていた。
 この遺跡の存在を知っているのは、私と、塔のごく一部の人間だけだろう。この事はまだ誰にも、塔の人間にも知られていないはずだ。自宅の下の下水道の壁に大穴を開けてしまったので、仮にここを通った者がいなければの話だが。

 旧文明の遺跡を発見したのは単なる偶然ではない、最初から知っていた。そう…五百年前の大戦末期から。
 当時、考古学者である父親が発見し発掘調査を続けていた。その遺跡の存在を知っていたのは私と数名の助手だけだ。戦時中での父親の行動は、当時のその国の政府に疎まれていた。警告や妨害も幾度もあったが、それでも私たちは発掘調査を続けていた。

 しかし、『あの事件』で、私は父と仲間達を失った。その数年後、REMITの蔓延と共に大戦は収束、終結した。私は『あの事件』以来、父と住んでいた国を離れ、各地を転々としていたが、平和が訪れたことを知って、故郷に戻った。『あの事件』の「発端」となったあの遺跡を、もう一度調べてみようと思った。

 故郷の遺跡のあった場所には、それを隠すように上に塔が建っていた。地下からのルートも、街が復興していく過程で整備された下水道により、まるっきり変わっていた。遺跡までの道を確保するのは困難をきわめた。
 先を越された、と思った。こんなことならもう少し早くに遺跡の重要さに気付いていればよかった。遺跡の入り口に行く道のりは、不自然に迷路状になっており、やっと辿り着いたそれらしき扉の前には、大層なセキュリティ・システムが設置されていた。
 「塔」側も極秘裏に遺跡の発掘を行っているらしく、遺跡へと続く入り口はしばしば増えていった。今ではかなり深い所まで坑道も掘られ、ときおりかなりの人数が移動する姿も目撃する。

 なんとか侵入できないものかと試行錯誤するうち、盲点…と言えば盲点なのだろうか、もしやと思い、初期に開通したであろう入り口を探した。狙いは的中した。その入り口は、もう誰もそこへ来ている形跡は無く、セキュリティシステムも撤去され、コンクリートで埋め固められているだけだった。私は数年かけてそのコンクリートを取り除き、晴れて遺跡の調査が可能になった。

 内部は巨大な工場のようであった。建造物の構造も素材もよく物語に出てくるような未知のものではないし、一見すると今の私たちの文明とそれほど大差は無いように見えた。遺跡と言われなければ、大戦時代にうち棄てられた廃工場にしか見えない。
 …が、そこから得られる情報は確かに今の技術力を越えていた。例えば世界を覆う碧の霧、REMIT。これはこの遺跡を建造した文明によって作られた。REMITの実態はナノマシンと呼ばれるものの群体…つまり、人間の眼では確認できないほど小さな機械の集まりの事だった。REMITに包まれた世界にいながら、私たちにはナノマシンという概念すら無かった。

3:
 今日も遺跡に向かっていた。下水道内にも、地上ほどではないが、少なからずREMITは蔓延しており、ライトに照らされた大気は、REMIT特有の碧色を帯びている。それでもここにいると、昔の空気を少し思い出す。
 自宅である研究室(ラボ)と遺跡を往復するうちに、私はめっきり外に出なくなった。と、言い訳してみるが、碧の霧に覆われた外の世界を見たくない理由はほかにあるのだが…。

 今日は気のせいか、REMITの濃度がいつもより濃い気がする…いや、気のせいではなく、本当に濃い。遺跡に近づくたびに濃くなっていった。10数メートル先も見えない。ふと、目の前の十字路を誰かが横切った気がした。
 …子供? 警戒しながら、十字路まで進み、歩いていったらしき方向を見た。すぐ行き止まりであり、少年の影はなかった。

「誰もいないのか?しかし…このREMITの濃さは何だ?」

 その時、さきほど少年らしき影が飛び出した方向がぼんやり光っているのが見えた。この光は…REMITが人体を修復する時に発生する反応熱の光だ。私は光の方向に歩み寄った。
 このREMITの濃度と光の強さが、肉体の損壊の激しさをもの語っていた。下水道内のREMITでは対応し切れなかったのだろう、濃度から判断するにおそらく地上からも多量のREMITが流れ込んでいる。この流れに気付いた「塔」の連中が駆けつけてくるかもしれない、と思いつつも、私は光のもとに何がいるのか確かめずにはいられなかった。
 
4:
 「彼女」は自分の姿が見えないほどの暗い世界にいた。両隣にも誰かいるような気がしたが、そっちを向こうとしても動けなかった。

 と、自分の体の中に誰か…いや、『何か』の存在を感じた。さっきの出来事…ネディアがわたしを撃った事…を思い出した。
 涙が溢れた。いや、本当に涙が流れていのかはわからないが、哀しいという気持ちはあった。次に、言葉が聞こえてきた。それは自分が今考えていることだった。

「信じてたひとに裏切られた それは何度も経験してきたことなのに それなのに 涙が止まらない」

 自分の中に感じていた『何か』は答えた。

『それは君の誤解だよ 彼はちゃんと約束を果たした』
「からだを撃たれ とても高いところから落ちた なのに私はこうして考えていられるし 泣いている」
『彼以外の誰もが教えなかった いや、君だけに隠していた だれもが知ってるこの世界の常識を 彼は君に教えてくれた』
「私だけ、知らなかった事…?」
『それを皆が教えなかったのは 君が逃げ出さないように ただそれだけの理由だ』
「それは、何?」
『…君の助けになりそうなひとが来た 僕はもう行くよ』



 光のもとには、一人の少女が力無く横たわっていた。服装はボロボロだったが、よく見るともとは囚人服のようであった。

「おい、しっかりしろ」

駆け寄り、抱き抱えると、その少女の灰色の髪がなびき、顔が見えた。幼さが残るものの、多くの哀しみを経験しているような顔だった。

「気を失っているだけか…ひとまず、うちに連れていこう」

考古学者ティナは今日の遺跡の探索は諦め、彼女をラボに運ぶ事にした。

5:
「待って! 彼の事を知ってるの? 私は何者なの?」
『…彼は僕の「トモダチ」にする 君は…自分が何者であるのかはわかっているはずだ ただそれを思い出したくないだけ』
「あなたは…私なの?」
『残念ながら違うよ、今はね。僕は…そうだな、「アイツ」は僕の事を「自我」と呼んでいる。老いも死もない世界へようこそ、オー』


「O〜オー〜 -REMIT second generation-」


 塔から落ちたオーが考古学者のティナ(女)と出会うとこ。とかあとがきで説明しているようじゃまだまだっすね。
 これがシーキューブ会誌に載せた一番新しいものですが、自分のペースの遅さやその他諸々の事情から、もうこれ以降「オー」は会誌には載せる事はないでしょう。自分のサイトで細々とやっていきます。
あとがき執筆:2002年8月22日