0:
 今日はぼくのたんじょう日です。としは18になります。
 今日は霧は薄めで、空ははれていました。うれしいです。原世代の人はこういう空を「青空」と呼びます。緑色なのに。へんなの。でも、ぼくはそう呼ぶことにしています。原世代である両親がそう教えてくれたからです。

 「塔」からぼくのおうちに通知が来ました。ぼくのからだが「安定期」に入ったらしいです。よくわからないのでおかあさんにたずねました。
 『REMITの肉体修復機能における修復誤差調整拡散システム』がぼくのからだのための『完全修復関数』を導いたそうです。
 簡単に言うと、ぼくのからだが成長期をすぎたので、REMITがぼくのからだを修復しやすくなり、おおけがをしても、こういしょうの残る確率がほぼ0%になるんだそうです。

 ぼくはまだ小さかったころにおおけがをしました。修復後誤差がひどくて、普通の人よりちょっと知能の発達が遅れているんです。おかあさんは「一応、おおけがをしてももう大丈夫だけど、あなたはまだまだこういしょうの治療が必要なのだから、なるべくけがしないでね」と言いました。
 今夜はぼくの安定期のおいわいをしてくれるそうです。ごちそうつくるの?ときいたら、つくるわよ、と言ってました。うれしいです。
 まえに、おかあさんの作るごはんはおいしい、と、ともだちに話したとき、珍しがられました。料理を作る人は、原世代と一部の新世代だけなんだそうです。
 食べ物のかわりに、多くの人、おもに新世代は「FOOD」という錠剤を飲んでいます。ずっとそうしてきたらしくて、彼らは味がわからないそうです。かわいそうです。

1:
 夜まで時間があるのでさんぽすることにしました。まえはいつもおにいちゃんといっしょでした。おにいちゃんは「塔」につとめていますが、最近はいそがしいみたいで帰ってきません。はやく一緒に遊びたいな。

 気が付くと、うっかり、いつもの裏通りに来てしまいました。そこには僕のおじさんと何にんかのおじさんのともだちがいます。
 みんなぼくをみてにやにや笑っています。おにいちゃんが帰ってこなくなってからは、おじさんが遊んでくれます。でもあまり楽しくないのでほんとうはあんまり遊びたくないんです。前にそれを言ったら殴られました。
 いくらREMITがキズを治してくれるといっても、やっぱり殴られたら痛いです。だからおとなしくしています。いつものようにカプセルを渡されました。ぼくはそれを飲みます。眠くないのに眠ってしまう遊びです。

 目が覚めたとき、おじさんの部屋にいました。おじさんのともだちは帰ってしまったみたいです。おじさんはビデオの編集をしていました。そこには眠っているぼくが映っていました。
 お腹をひらかれて、そこに白い粉の入った袋をたくさんつめこんでいました。きもちわるくなって思わずトイレにかけこみました。ドアの向こうからおじさんの声がします。

 「あァ、これなァ。いつもはこんなの俺も撮らないんだけど、知り合いにこういうの好きなヤツがいんのよ。高く買ってくれるっていうからさァ。で、今、BFが映っているところをハブいてたんだよ。もし漏れたら、アレだからなァ。ごめんなァ、見せるつもりはなかったんだ。」

 BF…Brain FOOD。FOODに何かの成分を添加したもの。頭がすっきりするんだって。本当は持ってちゃいけないものみたい。ぼくのおなかの中にはあれが入ってるの?気分悪い。

「大丈夫だよ、おまえの体には吸収されないようにちゃんと袋にいれてるから。もったいないしなァ。」

頭がいたくて、何を言われているのか、よく、わから な

2:
 もう外は暗くなってた。いつもならこういう時は母さんや父さんにいう言い訳を考えながら歩いているのだけど、今日は違うことで頭がいっぱいだ。
 僕のお腹は今は何事も無い。でもお腹の中には僕ではないものが詰め込まれている。それは寝ている間にお腹を開いて詰められた。そしてその傷はREMITが塞いでくれる。言わなきゃ母さんにも気付かれない。
 おじさんは昔から僕に同じことをやっていたのだろう。僕の体を隠し場所に。後遺症の治りが遅かったのはそのせいもあるだろう。
 でも今日僕は安定期に入った。おじさんの行為は以前ほどは僕の体に悪影響はないはず…だと思う。僕は自分の無惨な姿のビデオを見せられてから、なんだか頭がすっきりした。それからいろいろ考えているのだけど。

 いまや僕の外見は父さん、母さんと変わらないくらいに成長した。ただ年齢と知能だけが離れている。僕は18歳、お父さんとお母さんは533歳、兄さんは515歳。おじさんは536歳。今はみんな18歳くらいの肉体で成長が止まるんだ。

 ずっと昔は寿命や死というものがあったらしい。ただそのときは説明されても実感がなかった。でも、今は少しだけそれを感じることができる。あんなふうにされたら本当は死ぬんじゃないか?何故僕は生きているのだろう。そして…何故人は生き続けなくてはいけないのだろうか。毎日同じことの繰り返しの人々。人生の目標を見失ったおじさん。これから終わることのない道を歩き続けなければならない自分。
 漂う碧の霧、REMIT。人間はこれによって生かされ続けている。それを誰も疑問に思わない。いや、もしかしたら思っているのかもしれない。でも口に出せないんだ。虚しくなってしまうから。死は怖いから。かといって、いくら一人で考えていても答えなんてでてきやしない。

 今は…生き続けるしかない。

3:
 ぼくはいつのまにか眠っていました。じぶんの部屋にいました。きのうの夜のことはよくおぼえてないです。おかあさんは「知能が一時的に回復したの。あまり思い出そうとしなくていいから、今日はゆっくり休んでなさいね」と言いました。おかあさんの目には泣いたアトがありました。原世代は泣きます。

 散歩をしました。今日はおじさんには会いませんでした。かわりに、ひだりうでにだけ手袋をした女の人と、からだじゅう傷アトだらけの男の人に出会いました。傷アトがあるということは少なくとも男の人は原世代だと思います。二人とも手に大きな紙袋をかかえています。食材でした。

「ねえ、君」
「はい?」
「何か困っていること、ない?なんだか、とても思い詰めたような表情をしていたから」
「そうですか?別にないですけど」
「そう…。この男の人はね、表向きの仕事はなんでも屋をしているの。わたしはその手伝い」

 男の人が口を挟んできました。

「こら、表向きのとか言うな。それに、こんなガキ相手にしたって一銭もゲフッ!!」
「ごめんなさいね、縁があったらまた会いましょう」
「お、お前…『そっちの腕』で殴るな…ゴホッ」

 女の人は行ってしまいました。男の人はおなかをおさえてヨロヨロしながらついて行きました。痛そうでした。女の人の腕が不自然に伸びたのは目の錯覚だと思います。
 僕はちょっと笑っていました。さっきまでなにかつかえていたものがとれたようなきがしました。女の人は優しい目をしていました。お母さんと同じでした。

4: 「いてて…まったく。おい、なんであんなガキ相手にしたんだ?」

 男は前を歩く女性に尋ねた。女性は立ち止まり振り返った。男はまた殴られるものかと、思わず身を固めた。

「ネディアに似ていたの。兄弟かもね」
「ネディアって…前話していたあの塔のネディアか?」
「うん…何故か急に思い出して。あの時彼は、私を逃がそうとしてあんなことを…ネディア、大丈夫かな…」
「まあそのことはあとで話そうぜ。とにかく今はあのマッド野郎のところに戻ろう。腹が減っているときはいい考えも浮かばないからな」
「ふふっ。500年以上生きているクセに思考は単純なのね、ブラック」
「…出会った頃と全然性格ちがうぞ、オー」
「そうね。もしかしたらこれが私の本来の性格なのかも。さあ、戻りましょうか。」
「ヤな本来の性格だな…」



「O〜オー〜 -REMIT second generation-」


 挿絵を描いてくださったぴえ〜る☆☆先輩に感謝します。
今読むと、そんな設定だったっけと自分でもビックリです。(待て)
 あと、知能傷害とかを題材にするのに(これに限らずなんでもそうですが)、言葉の使い方とかで無知だった部分を指摘してくれた児童福祉専攻のアゼル氏に感謝。
あとがき執筆:2002年8月22日