0:
 碧色。
 碧の空気。
 碧の影。
 碧の部屋。
 碧、緑、ミドリ。
 …目の前の人も碧。
 碧色の眼。

「いつもの様に君の名前から聞こうか。きみのなまえは?」
「わたしの名前は…オー…だめです、そこから先はおぼえてません」
「じゃあ、これからいくつかの質問をするのに、君の名前を『オー』と呼ぶよ、それでいいかい?」
「はい…それでいいです」

 わたしはオーといいます。わたしはきおくをなくしていて、むかしのことは覚えてません。ただ、気付いた時からこの冷たい部屋にいました。毎日たくさんの人が来てわたしにいろんな質問やおはなしをしてくれます。みなさんは、きおくを取り戻せるようにキョウリョクをしてくれていると言っていました。

 ところが、さいきんわかってきたのは、みなさんはじゅんすいにわたしのためではなく、わたしのもつきおくをほしがっているということです。…でも、わたし自身きおくを取り戻したい、いいえ、取り戻さなくてはならないと思っているし、それがけっかとしてみなさんの役にたつのなら…。

1:
 数年が過ぎました。私はあれから何も思い出した事はありません。唯一、「オー」という名前と、新しく学んだいくつかの言葉や常識があるのみです。
 でも、その知識のおかげで、私は人の心情がある程度読めるようになり、私はみなさんの瞳の奥に、「冷たさ」を感じるようになりました。…いえ、一人だけ…本当は禁止されているらしいのですが、一人だけ私に自分の「名前」を教えてくれた人がいます。彼の名前はネディア。

「じゃあ、これで質問は終わりだよ」
「…あの」
「ん?」
「いつまで私はここでカウンセラーの方々とおはなししなければならないのでしょうか」
「何故そんなことを聞くんだい?」
「あなたはほかの人と同じ緑色の瞳でも、ネディアの緑は植物を連想するのです。とても暖かい感じがします。だからあなただけに言います。私は焦っているのです。このままここにいても何も思いだす事もなさそうだし、年をとっていくだけなのではないだろうかと」

彼はしばらく考えこんだ後、

「僕もそう思うよ」
「えっ…」
「オーはおそらくここでこうやっていろんな人達とおはなししてても、これから先何年、何十年過ぎようとも記憶を思い出す可能性は限りなくゼロに等しいだろうね」
「…わたしはこのまま死ぬまでこの部屋にいるのでしょうか」
「そうだな…君が僕だけに打ち明けてくれたお礼に、僕もひとつみんなが君に隠している世界の常識を教えてあげよう。ほかの人には僕が言ったってこと言っちゃダメだぞ」
「わかりました」
「うん。あ、もう時間だ。やっぱり次回来た時に話すよ」
「ネディア」
「何?」
「約束…」
「ああ。近いうちに必ず教えるよ。約束する」

2:
 左腕に違和感を覚える。同時になんとも言い様のない不安感。突然、おはなしする時間はまだのはずなのに、たくさんの人が部屋に入ってきた。ネディアの姿は見えない。嫌な予感。ひとりが事務的に話しかける。

「君はこれ以上の治療を試みても記憶の回復は望めないと判断した。君は廃棄処分される。大丈夫、苦しくはない。一緒に来てもらおうか」

 左腕にちくちくと何かが刺さるような痛み。

「私は…私は結局なんだったのですか」
「しいて言えば君は『化石』だよ。何の成果も得られなかった期待外れのね」

 左腕の中から熱いものが膨らんでくるような感覚。

「もし拒否したら、私はどうなるのでしょう」
「周りを見てわからないかな」

 あんなに優しく接してくれた人たちが、皆銃口をこちらに向けている。

「わかりました…。最後に‥ネディアと話がしたいのです、会わせてくれませんか」
「残念だが、それは許可できない」
「会わせてください」
「だめだ」
「会わせてくださいッ…!」

 ふいに、左腕の感覚が無くなる。白く視界が小火けた。

 ……

 それは一瞬であったが、オーにとっては長い間の夢のように思えた。誰かの呻き声にオーは我にかえった。なんとあれだけいた大勢の武装した男達はひどい怪我をして倒れていた。

(何が…起こったの?…ネディア…ネディア!)

 彼女はネディアを探そうと部屋を飛び出した。やかましく鳴り響く警報の中、オーは走った。遠くに聞こえる足音。視界に窓。外の世界。遥か下方に見える街並み。

 銃声。

4:
 オーは右肩を貫かれていた。そのまま窓ガラスに寄りかかって座り込む。

「…痛…」

 振り返ると、そこにはネディアがいた。言葉もなく歩み寄ってくる。その眼は哀しく、しかし何かを決意したような眼だった。

「ああ、ネディア…会えましたね。この前の約束、覚えてますか?」

 銃声。左肩。窓ガラスに亀裂が走る。

「ネディア…何故ですか?あなたも、わたしを、人と見てくれないのですか?」
「君は…僕らと同じ。人間だ」

 銃声。

 ネディアの放った弾丸はオーの身体の中心を穿った。粉砕される窓ガラス。オーは空中に投げ出され、遥か下方へと消えていった。

 ネディアの元へ数人の男がやってくる。

「ネディア…貴様、自分のやったことがわかっているのか」
「彼女は人間だ。僕たちと同じように生きていくことができた筈だ」
「人間?彼女?これだから『原世代』は!感情でしか動けんのか?とにかく、貴様のやったことは重大な規律違反だ。貴様の身柄はこちらで預からせてもらうぞ」
「ああ‥わかっている」

 ネディアは拘束された。ふと振り返って街を見下ろす。
 と、背中に銃を突きつけられる。

「歩け!」

(約束は果たしたよ、オー。…許されるならば、いつかまた会おう)

5:
 空。
 碧の空。
 体に受ける碧の風。
 碧色の街並み。



「O〜オー〜 -REMIT second generation-」


 当時、サークルの会誌に絵心のないユウワンがなにかできること、と思って始めたのがこの「オー」という名のシリーズ。実質スタート地点。ちょっと日記がうけるからって、物語なんか最後まで書くことができるのかと不安の中始まった。実際今現在だって完結してないし。
 ただ、これについて考えるのは一日だって休んでない。そしていつか絶対書きあげたい。それはもう、これを途中で諦めたらサイトも無くなる勢い。頑張れ自分(←こればっか)
あとがき執筆:2002年8月17日