0:
 人々は刺激を求めてやまない。たとえ何年、何十年過ぎようとも、その欲求は尽きることはない。それはごく自然の欲求だから。
 ここは地下闘技場。ルールなど無い一対一の戦いに客が金を賭けるアンダーグラウンドの娯楽施設。

 今、一人の男が夢を見ていた。名はブラックドッグ。

1:
 爆撃、硝煙、肉の焼ける臭い。
 いつ始まったのかも忘れ去られ、いつ終わるのかもわからない、自分の思想を相手に押し付ける戦い。戦争。

 俺達にはどっちが善でどっちが悪なのか、そんなことは関係なかった。

 戦うことで「生きている」実感を得ることができた。
 戦うことでしか「生きている」実感を得ることができなかった。

 …それが傭兵。それが俺達。
 戦いが終わるたびに、いつものあの丘へ。真っ赤な夕陽を肴に酒をあおりながら、仲間の無事を確認しあう。

 もう遠い過去の事。二度とは戻らない紅く灼けた思い出。

2:
「おい、起きろ、お前の出番だぞ」
「ん…ああ」
「珍しいな、お前がこんなにぐっすり眠るなんて」
「‥夢か」
「夢?」
「昔の夢だ」
「まるで昔を懐かしむ老人だな。昔はあんなに戦うことを生き甲斐にしていたお前が」
「ん?何が言いたいんだ?」
「まじめにやれ、ってことだよ。俺達は自分の戦いを客に見せてるんだ。お前、ここに来てから本気でやりあったことなんかないだろう。手加減してたら、ここにいることさえ危うくなるぞ」
「適当にやりたくもなるさ。どうせ'ごっこ'なんだから」

3:
 沸き起こる歓声。眩しいほどに照らされるフィールド。場内に響くアナウンス。
 ここは戦場ではない。本当に己を賭けて戦うことのできない臆病者の集う馴れ合いの場。

「安定した強さを誇る破壊の翼、ヘイヤン・W・ブラックドック!」
「期待の新人!正体不明の武器を操る謎の戦士、ナーガ!」

 ナーガと呼ばれる今回の対戦相手は、女性のようであった。ボロボロの布を全身に巻いている。これで実力も格好だけでなかったらいいのだが。
 試合開始の音楽が鳴った。ブラックはいつものように相手の出方をうかがう。ナーガは左腕をゆっくりとこちらに向けた。

 次の瞬間。

 ナーガの腕は銀色に変色し、パキパキと音を立てながらヒビ割れていった。腕は一枚一枚皮が剥がれていくように分裂し、指は一本一本が意志を持ったように伸びていった。そうして幾重にも分かれた彼女の腕は、まるで無数の群がる蛇のようだった。場内を沈黙が走った。
 と、ナーガが口を開いた。

「攻撃してこないの?」
「俺は他の連中ほど馬鹿じゃない」
「じゃあ、こっちから行けばいいのね」

 音もなく、ふっとブラックの上空を無数の銀色の『腕』が覆った。ブラックはピリピリとした空気を感じ、すかさず横に跳んだ。
 その刹那、いまさっきブラックの立っていた場所に次々と『腕』が突き刺さった。それは、瞬時に地面から引き抜かれ、絶え間なくブラック目掛けて降り注いできた。

「思ったより速いな」
「喋る余裕はあるのね」
「お前もな。そろそろ行くぞ」
「来れるかしら?」

 間合いに入ろうとしても絶妙に『腕』によって阻まれる。かわすことで精一杯だった。ブラックはナーガ本体に数十本のナイフを投げた。彼の武器は身体中に無数に装備されているナイフ。その正確な数は本人にしか分からないほどである。投げたそれらのナイフはナーガの目前で『腕』によってあっけなく弾かれる。
 しかしそれは、ブラックの作戦であった。そう、ナーガの視界を一瞬でも遮ればよかったのだ。ナイフの弾かれた音と同時にブラックは跳躍。ナーガとの間合いを一気に詰めようとした。

 だが‥『腕』は見ていた。

4:
 ブラックは何が起こったのか理解するのに時間がかかった。捕らえていた筈のナーガの姿が視界から消えたかと思うと、全身をギュッと凍り付いたような衝撃が襲った。
 気が付くと、彼はフィールドの端のフェンスに磔にされていたのだった。身体中を、細く鋭く形状を変えた『腕』が貫いていた。場内にカウントダウンがこだまする。眼下にナーガが見えた。

「ありがとう」とナーガ。
「何故礼を言う」
「それは…」
「いや、理由を聞きたいんじゃない。まだ勝負はついていないということだ!」

 ブラックから、ぼとぼとと何かが落ちてきた。ナーガはそれに目をやった。それは、今までブラックを戒めていたナーガ自身の『腕』であった。
 続けてブラックも着地、カンパツいれずに真っ直ぐオーに向かっていった。ナーガは応戦した。だがブラックに放った『腕』は弾けるようにバラバラに飛び散った。全て切り裂かれていた。ブラックは背後にいた。

「チェックメイト」

ナーガは首に冷たい感触を感じた。

「ど、どうして?ナイフにこんな攻撃力はあるわけが」
「アナウンスがバラしてただろう?『破壊の翼』って…」

 破壊の翼。ブラックは、背中に翼の形をした特製の刃をつけていた。それは知らない人から見ると装飾にしか見えないし、身に付けているあれだけのナイフにより、「ブラックの武器はナイフだけ」という錯覚を与えていたのだ。いまやそのことを知らないのはナーガのような新人だけであるが。

「この試合、久しぶりに楽しかった。ナーガってのはリングネームだろ。君の本名を教えてくれよ」
「私は…オー」
「また、あとで会おうぜ」

ブラックはオーの首を斬った。戦闘不能が試合終了の証。
「勝者、ヘイヤン・W・ブラックドック!」

5:
 それから一時間後…控室。ドアをノックする音。

「どうぞ」

 開いたドアのところにいたのは、ブラック。そして、彼を迎えたのは、オー。

「便利な時代になったもんだよな」
「ええ。私も最初はビックリした。『死なない世界』なんて」
「やっぱりオーも原世代だったのか。それだけの力を持っているヤツなら、オレが知らないはずは無いんだけどなあ…?」
「それについてはちょっとワケありなの。もっと詳しい話が聞きたいなら、私の『保護者』に会ってみる?」
「…ココにいるよりは、全然面白そうだ。その腕にも興味があるしな」
「決まりね」



「O〜オー〜 -REMIT second generation-」


 各話の時間的繋がりは結構バラバラなんで適当にそれぞれが想像しておいてください。そのうちなんとかしていきます(適当)
 動きのある文章とか、書いてみたら結構難しくて力量に合ってない事をしてしまったな、と当時思った。もちろん今も。もっと本読まなきゃ…
 あと、「5:」は、最近書き加えました。
あとがき執筆:2002年8月22日